ニュードコットンニュードクラブ

綿で紡ぐメロディ 【綿で紡ぐメロディ 冒険譚】

教室の空気が、いつもと少し違っていた。
演奏会での演奏を引き受けてくれたチェロ奏者であるこみてつさんが、
本番前の試奏のために学校に来てくれたからだ。

こみてつさんの陽気な登場にほっとしたのも束の間、
ラボメンが綿の弓をこみてつさんに引き渡すと、
空気が一気に張り詰める。

緊張と期待が入り混じる中の、第一音。

綿の弓が生み出したチェロの音色が、静かに教室に広がった。
その時だけ教室が異世界に変わったようで、
その場にいた誰もが、言葉を失った。

「普通の弓とも比べてみましょうか」
こみてつさんが普段使っている弓と
綿の弓とを交互に弾き分けてくれた。

その音の違いは、素人にもはっきりとわかるほどで、
綿の弓の独特なやわらかくあたたかい音は、決して悪くない。
夏の間ずっと持ち続けてきた「果たして本当に」という不安が安堵に変わるのを、
全員が感じていただろう。

短い試奏のあと、やなぎがこう尋ねる。

やなぎ
やなぎ

本番前に、やっておくべきことはありますか?
松脂を落としておいた方がよければ洗濯もしておきます。

もう、十分やりきったと思っていた。
時間も、材料も、アイデアも、もう残っていない。
当日もさっきの感じで演奏してもらえるならそれで十分だった。

「弾き心地でいうなら……」
こみてつさんが遠慮がちに切り出したのは、率直なひとことだった。
「もう少し馬の尻尾の毛に近づけてもらえると僕としては弾きやすいです」

確かに、音を出すことはできた。
けれど、どこか弦にまとわりつくような引っかかりがある。
その違いが綿の弓の良さでもあるけど、
普段馬の尻尾の毛を使っている人からすれば、弾きづらさでもあるのだ。


じぶんラボ
じぶんラボ

どうしようか、何ができる?

こみてつさんにお礼を言って見送ったラボメンたちは、
残ったわずかな時間で緊急作戦会議を始めた。

毛羽立ちが原因では? 糸をコーティングしたら?

ジェル、ヘアスプレー、木工ニス……アイデアは出たが、
どれもせっかくの「綿らしさ」を損なってしまわないか、
その点には慎重にならざるを得なかった。

残り9日。失敗はできない。
授業時間も尽き、答えは見つからないまま
最後の課題は宿題として各自が持ち帰ることになった。


そして後日、最後の問いの答えが見つかったのは、
なんと昨年度のじぶんラボの冒険の中からだった。

2024年度にニュードと冒険をした、
じぶんラボの先輩たち。
彼らが訪ねたのは、染織作家の田中朋也さん。

その田中さんから聞いたお話しの中に、
「糸に糊(のり)をする」という技法があったのだ。

「でんぷんの糊があるんだけどそれを水に溶いて
一日ぐらい回しながらつけ込んでおいて
糊をするようにしていますね。」


それは、繊維を整え、糸の一体感を生み出す
古来の知恵だった。

特別連載【田中さんにうかがった染織のこと】より
着心地も変わる、撚りの方法



ついに迎えた、最後の活動日。

薄めたでんぷん糊を筆で丁寧に塗っていく。
糸の表面を覆うのではなく、内部に染み込ませるように。

これが最後の仕上げ。
でも実際、どうなるか誰にもわからないでやってるから、
“最後の賭け”と言ってもいい。

不安がなくはない。
それでも、なるようになるさと笑って最後までやり切った。

これが僕たちの“綿の弓”。
その最終形だ。

2025年の夏、
綿をめぐって彼らが紡いだのは、こんな物語だった。

最後の最後まで、「冒険」と呼ぶにふさわしい予測不能な展開の連続でした。
この物語の結末は、ぜひ八幡山の洋館で、ラボメンたちとともに見届けてください。

やなぎ

【綿で紡ぐメロディ 冒険譚】
おわり

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お楽しみに